木ばくり工房さんの店舗紹介

木ばくり工房

木工品手作り工房

作品

大船渡市赤崎町にある木ばくり工房では樺、欅、桐、栢、槐といった森林資源溢れる大船渡の木の良さを活かして、木彫り人形、獅子頭、臼、壺、コースターなど幅広い工芸品を製作しております。

もともとは義父が昭和57年に十切山工房(ときりやまこうぼう)として初めた事業です。木工の技術を義父から7年間教わり、それから3年後に工房を継いで私が木ばくり工房として平成9年の1月創業いたしました。

工芸家への歩み

若かりし淳一さん 初期の茶筒 木製バットで作った靴ベラ

もともとはサラリーマンで工芸品を作ることに全く興味がなく「工芸品作りを仕事に出来るのは特別な才能を持った人だけ」と別世界のように思っておりました。 ある日器の注文が大量にはいり義父に手伝ってくれないかと頼まれました。そこで初めてやり方を教わり、何の変哲もない木が形になっていくのが面白く感じ、やっていくうちにどんどん夢中になっていきました。 それからは、工房を使う許可をいただいて毎週休日のたびに訪れるようになりました。義父がいない時に茶筒を作りまして、ピッタリと蓋が閉まるように作ることができ、それを見せたところ作品の出来栄えに大変驚かれました。今でもその茶筒は大切に使用しております。

その後は、務めていた会社を辞め本格的に弟子入りいたしました。下積み時代は同年代の人がもらう賃金の約半分でしたが、10年後20年後に作品が作れるようになれば、自分のやり方次第でどうにでも出来ると考えていたので苦には感じませんでした。 知り合いの紹介などでアルバイトをしながら、そのお金で工具屋さんに通い、少しずつ彫刻刀や鑿などの工具を揃えるところから始めました。その道具で作品を作り、欲しい人がいたら販売してさらにそのお金で新しい工具を買い揃えていきました。ある程度工具を揃えれば、材料は地元の木材を使っているのでたくさんあるため困ることはありませんでした。

私はもともと廃品が好きで、人が捨ててしまったオートバイなどを修理して再生させたりするのが好きでした。私には「その辺に落ちている木を加工して別の姿に変える」ということが、廃品を再生させることと同じことのように感じます。そんな私の「再生する」という発想から生まれた作品として「靴ベラ」があります。 私の息子が野球のクラブチームで使用していた折れた木製のバットをどうにか再利用出来ないかと持ってきた際にそれを身近な日用品として再生し、使ってもらいたいと考え「靴ベラ」として加工しました。想い入れがあるものなので、グリップをそのまま残しわざと面影を残すように作りました。こういった想いを持って木を加工することが新しい仕事にも繋がっていくと考えております。

震災後の活動

修復中の権現様 カンヌに出展された作品

2011年3月11日に起きた東日本大震災では建物などの損壊はありませんでしたが、電気、水道が止まり、家の裏にあった古い井戸が唯一生活用水として使用できました。その水を1日がかりで汲み地域の人達に毎日配っておりました。 5月に入って仕事が再開できるようになったとき、私を待っていたのは予想外の仕事の依頼でした。地元の赤崎契約会という団体から、「時間がかかってもいいから、どうにか修復してくれないか?」と津波で流されてしまった権現様や太鼓の修復を依頼されたのです。海水に浸かって泥がついたままで破損がとてもひどく、流された時についた傷やひび割れ、欠けて一部分がなくなっているものも多くありました。よそに依頼していたが破損がひどくて修復は難しいと断られたものだそうです。地域の歴史、文化を創り上げて来た大切なものですから私は迷わず引き受けました。 修復には、まず、権現様の部品を全て解体し手洗いで泥を落としてから修理にとりかかりました。部分的に足りないところに木を足し、破損前の写真をお借りしてそれを見ながら一から形を作り、前と同じように彫り直しました。修理が完了した権現様や太鼓を引き取ってもらった際に「諦めていたのに完全にもとに戻っている」とお客さまに喜ばれた時はとても嬉しかったです。

その功績が認められ、「復興は暮らし方の創造から」をテーマにフランスのカンヌで開かれた「MAPIC2011」に修復された権現様とかまど面を出品させていただくことができました。 震災後は主に新しい商品を作りながらも、郷土芸能や地域文化を大切にするために自分の技術を役立てていけたらと考えています。それが復興にも繋がると考えております。 権現様の修復作業もそうですが、製品が縁起を担がせるものが多いため自分自身病気やケガをしないよう心がけながら作業しております。 これからもお客さまの気持ちに添える作品を生み出していきたいと思います。