中野製麺大船渡営業所さんの店舗紹介

集合写真

明治44年創業の笠井製麺

中野製麺大船渡営業所店舗外観 笠井さん積込み作業

我々中野製麺大船渡営業所は以前は「笠井製麺」という社名で大船渡市大船渡町にて製麺業を営んでおりました。笠井製麺としての歴史は実に長く創業は明治44年、大手の製麺工場のような大量生産ではなく、個々の事業者さまの要望に合わせた製麺、卸売をしておりました。 昭和40年頃に地場産のわかめを原料に使用した「わかめうどん」を開発、50年頃には後の当社の看板商品となる「わかめラーメン」を開発しました。

一般的に「わかめラーメン」というとわかめが具材として麺の上に乗っているタイプのラーメンをイメージされると思いますが、当社のわかめラーメンは粉末にした三陸産のわかめをつなぎとして麺に練り込んでいるため、麺自体にわかめの風味があります。またわかめは健康食品として栄養価が高くとてもヘルシーなためカロリーを気にされる方にもオススメの商品です。

製麺業者として「麺を介してお客さまに喜んでいただく」をモットーに続けてまいりましたが、2011年の3月に三陸地域沿岸部を襲った大津波によっておよそ100年続いた歴史に別れを告げる事になりました。

三陸製麺所としての新たな一歩

震災前の笠井製麺 調理写真 三陸わかめラーメン

大船渡港からさほど遠くない場所で事業を営んでいた笠井製麺はかつてない規模の大津波によって全てを失ってしまいました。しかし製麺業を長年続けて来た者として「再興し美味しい麺を作ってお客様に喜んでいただきたい」という想いは強く、それが盛岡市の中野製麺さまの支援を頂くことで形となりました。

被災地支援のために内陸からたくさんの沿岸部の事業者を支援した中野製麺代表の中野正紀社長の協力により「いわて三陸食品販売株式会社」を設立し、沿岸部におけるアンテナショップとして「三陸製麺所」が誕生しました。そして2011年12月。我々としては初めてとなる直営ラーメン店「麦六」がオープン。店舗の看板メニューとして、そして大船渡復興ラーメンとして、「三陸わかめラーメン」は復活を遂げました。 また、中野製麺さまの意向により沿岸部としては珍しい「盛岡じゃじゃ麺」も提供出来るようになりました。当時、復興支援のため県外からたくさんの人が大船渡に来ていたため早期に復活できた麦六は大変好評を頂くことができました。私たちも三陸の原料をふんだんに使った「わかめラーメン」を食べて頂くことができてとても嬉しかったです。

笠井製麺所時代は「卸先業者さまからお聞きしたお客さまのニーズ」に応えるため頑張っておりましたが、実際に自分たちが直接対面販売する立場になってストレートにお客さまの声が入ってくるようになり、我々としては有り難い限りです。頂いたお客様の貴重な意見はより良い店舗運営、麺作りに活かしたいと思います。

麦六がリニューアルしました

三陸製麺店内 店内メニュー表

2013年の一時的な休業期間を経て2014年2月、麦六は新たなスタッフを迎え、メニューも倍に増えリニューアルオープンしました。 リニューアル前は震災直後で店舗も忙しかったため、ラーメンを主体とした麺中心の必要最低限なメニュー構成でしたが、飲食店経験豊富なスタッフが新たに入ってきてくれたため、ご飯ものや定食が大幅に増え、より広い客層に対応することが出来るようになりました。

我々が長年続けてきた製麺業はただ麺を作っている様に見えるかも知れませんが、実際にはお客さまの要望に応じて数えきれない種類の麺を作っています。いつかはまた大船渡に工場を持ちたいと考えておりますが、今は卸しの販路を伸ばすことと、店舗の運営をすることで基盤を作り、たくさんのお客さまの要望に応えられるようになりたいと思います。2015年5月1日より事業所名が「中野製麺大船渡営業所」になりました。これまでよりも業務の効率化をはかり、三陸産、大船渡産の原料にこだわった当店の「三陸わかめラーメン」を今以上に広めていきたいです。