陶房艸雲窯さんの店舗紹介

集合写真

ものづくりの世界へ

作業場 手びねり

昭和50年代後半、盛岡でのサラリーマン時代に、『盛岡手づくり村』建設に南部鉄器業界からの担当者として携わった事が縁で、同村に参加した陶芸家と知り合いになった事が陶芸の道を目指す直接のきっかけでした。それまでも伝統工芸品を作る南部鉄器の職人に接する機会が多く、物づくりの世界には羨ましい時間が流れているように感じて一種の憧れを持って見ていたのですが、盛岡手づくり村が完成した後、郷里の大船渡の実家が空き家状態であったこともあり、思い切って陶芸に道に進むことを決断し、平成元年に妻と二人で愛知県立瀬戸窯業高等専門校に入学して陶芸の基礎を学びました。卒業後は岐阜県土岐市の山田正和先生に師事、陶芸家としてのプロの技術の手ほどきを受けました。

山田先生の許可を得たので、平成3年1月に郷里の岩手県大船渡市で開窯しました。40歳を過ぎての独立でしたが、自分達は土によって生きる草木と同じような存在で、大空を流れる雲は永遠の憧れとの思いから『艸雲窯』と名付けました。工房で作陶する傍ら、各地へ出張販売に出掛けたり、陶芸教室も開催しています。

震災に耐えた「窯」とともに再起

窯 キッチンファーム

しかし2011年3月11日の大震災では、津波の被害こそ免れたものの築60年の自宅が半壊し、展示場の陶器も全滅に近い状態で、家の中は足の踏み場もない有様で、3日3晩自家用車の中で不安な夜を過ごしました。

震災直後はあまりの悲惨な光景に『もうこの地域は終わった』と窯の再開など考えられない状態で絶望的な気分に襲われましたが、数か月、半年と時間が経過する中で多くの友人や知人から励まされ、背中を押してくれる人々にも出会い、少しづつ窯の再開を考えるようになりました。幸い焼物で最も大事な『窯』が殆んど無傷で残っていたこともその要因でした。

窯の再開に当たって東京や埼玉県の陶器店から販売協力の支援を頂きました。中でも最も強力に後押ししてくれたのが、大船渡市と姉妹提携都市となっている長野県佐久市の陶器店「キッチンファーム佐久平店」様でした。沿岸地域の陶器店等が流出してしまい販路を殆んど失ってしまった中で、継続的に販売を約束して頂き、これほど有難いお話はありませんでした。 こうして多くの方々から支えられ助けられて再起できました事を大変ありがたく思っております。

オリジナリティを追及

織部並べ 作品

当工房では手づくり、かつ少量生産に徹しており、「黒織部」や「黄瀬戸」、「白萩」や「青萩」さらに「柿天目」や「黒天目」など幅広いジャンルで作陶していますが、なかでも「織部焼」に関しては特にこだわって作陶しております。茶人千利休の一番弟子として名を馳せた戦国武将の古田織部が指導して作らせたことから名付けられた『織部焼』。当時から、その斬新な意匠や自在な造形は「へうげもの」として異彩を放ち、極めて独創的な世界を切り開いてきましたが、当工房ではそんな革新的伝統を踏まえながら、さらに「現代の織部」の可能性にも挑戦しています。中でも「花器」は他に類を見ない独自のデザインを追求しております。

また、多くのお客様から「大船渡らしい雰囲気の物を」との要望もあり、器には大船渡市周辺が北限と言われ、市を象徴する花となっている「やぶ椿」の絵柄が入った物が多くなっています。一品ごとに入念な手作りで制作した陶器は大量生産品にはない独特の雰囲気や、人の手のぬくもりがあります。皆様にはぜひそういった一品ものならではの深い趣を楽しんで頂ければと思います。