cafe de curry Kojikaさんの店舗紹介

店舗外観

父のお店 「Curry House Kojika」

店内

1959年、大船渡市盛町で祖母が始めたのは「小鹿食堂」という一般的な大衆食堂でした。
その後の1988年、父が“特徴のある個性的なメニュー”を求め、当時珍しかったカレー専門店「Curry House Kojika」を始めました。
テラスのようなお店は、日差しが差し込みとても明るいです。
それから、父の作っているカレーにはレシピがありません。父自身が「うまい」と感じるカレーを現在までずっと作り続けています。

母のお店 「cafe de curry Kojika」

Kojika看板

2号店である「cafe de curry Kojika」は“女性が集まってお茶を♪”というコンセプトで母がやっていました。 もちろんカレーはありますが、ケーキや軽食もありCaféのようなお店でした。 あるとき父の遠方の友人から「カレーが食べたい」とリクエストがあり、カレーを袋に詰めて送りました。 このことがキッカケとなり、2000年からcafe de curry Kojikaでレトルトカレーの発売を開始しました。

震災・再建への想い

大船渡町の海のすぐ近くにありましたcafe de curry Kojikaは全壊、盛町のCurry House Kojikaは店内の高さ1.7Mまで津波が到達し大規模半壊の被害を受けました。 震災当日「お店どうする?」と父に問われました。質問の意図はすぐに分かりました。 父は長くやってきた大切なお店が壊滅した状況に、何を思うのか。 もう辞めてしまうのではないか。絶望の中で諦めているような父と母、コックとしてまだまだ半人前な自分。 様々な想いが込み上げました。そして「ここに残りたい」それだけ答えました。

お店の再開後に受けた取材で父は「息子がやると言わなければ辞めていた。将来は息子にお店を切り盛りしてほしい。そのために今も頑張っているようなもの」と言っていました。
あの日、“お店を継ぐ”と“大船渡に居たい”という想いを込めて答えた「ここに残りたい」は、しっかりと父へ伝わっていました。

引き継ぐ決意・今後の展望

カレーとパッケージ 集合写真

震災前は「家業を継ぐ」という意識も薄く、今すぐ継がなくてはならない状況でもなかったため、他の飲食店で働いていました。 父も若いうちは様々な料理を作り、失敗も含めたくさんの経験をして欲しいと願ってくれていました。 震災により予定とは違う形で「Kojika」というお店と向き合うことになりましたが、それをどんな経験として捉え、活かすかは自分次第だと考えています。 父の考えを直接感じ取れたり一緒に厨房に立つことは、もしかして出来なかった経験かも知れません。

そして現在は、オードブルやパーティーの食事なども積極的に作っています。 お客様の好みや予算などの要望に応じることが出来ること、さらにはお客様が喜んでくれることを想像しながらメニューを考えるのがとても好きです。 父と母が守ってきた「Kojika」の中に、私の好きなものを詰め込んで「新しいKojika」へと成長させられるといいなと思っています。

そんななか、2015年6月11日にcafe de curry Kojika営業再開に漕ぎつける事ができました。これもひとえに応援して下さった皆さんのおかげだと思っています。こちらの店舗ではサンドイッチなどのカフェメニューも提供する事で、気軽に入れて、ゆっくりくつろげるスペースが提供できればと考えています。お土産にレトルトカレーの販売もしておりますのでみなさま大船渡にいらした際は是非お立ち寄りください。